魅力的なビジョンは、従業員のモチベーションを高め、顧客とのつながりを強めるだけでなく、企業の意思決定にも一貫性を与えます。そのため、ビジョンステートメントは、これからビジネスを始める人も、すでに運営している人にも欠かせない要素です。
本記事では、実際に成功している企業の例を交えながら、理想的なビジョンステートメントのつくり方を紹介します。
ビジョンステートメントとは

ビジョンステートメントとは、企業が将来的に達成したい理想像や目的を表現したものです。企業が社会にどんな価値を生み出したいのかを明確に示します。
ビジョンステートメントは、通常、ミッションステートメントと組み合わせて計画を導きます。特に決まった長さはなく、一文で表現することも、企業の未来について3ページにわたる文書を書くこともできます。
ビジョンステートメントには、次のような効果があります。
ビジョンステートメントとミッションステートメントの違い
ビジョンステートメントとミッションステートメントの違いは、表現する内容にあります。
ミッションステートメントとビジョンステートメントは、どちらもビジネスを運営する目的や目標、価値観(コアバリュー)を示すものですが、ビジョンステートメントが将来のあるべき姿を描くものであるのに対し、ミッションステートメントは、目的を達成するための具体的な行動指針を表します。
時間軸の違い
- ビジョンステートメント:未来×長期的な目標を示す
- ミッションステートメント:現在×短期的な目標を示す
役割の違い
- ビジョンステートメント:目的を明確にする
- ミッションステートメント:目的を達成する手段や行動指針(5W1H)を示す
視点の違い
- ビジョンステートメント:顧客や社会が抱える課題に寄り添う(共感)
- ミッションステートメント:課題解決に向けた、具体的なアクション(行動)
ビジョンステートメントを策定するポイント

将来の姿を描く
ビジョンステートメントは、ビジネスを通じて「どんな未来をつくりたいのか」という理想を描くことが重要です。ビジョンは、短期的な目標ではなく、企業と利害関係者が長期的に共有できる指針になるからです。
現状の延長線ではなく、本当に実現したい世界を言語化するようにしましょう。例えば、業界を変えるような新しい価値観の提示や、社会や顧客にもたらす変化を示します。
大きく成長する意志を示す
ビジョンステートメントでは、事業が単に存続するだけでなく、成長してさらなる目標に向かって進むことを示すものにします。大きな理想を掲げることで、組織の意思決定に一貫性が生まれ、社員やパートナーも迷わず進めるようになります。
ただし、現実味のない目標ではなく、社員や関係者が実現可能だと思える理想像を描くようにしましょう。
方向性を明確にする
ビジョンステートメントは、事業の方向性を明確にするものにしましょう。
目指す未来があいまいなままだと、努力しても正しい場所にたどり着けません。将来像をはっきりさせておくことで、どんなパートナーと協力するか、どんな取り組みを優先するか、どこにリソースを投じるべきかといった重要な選択を迷わず決められます。
企業の価値観を反映する
企業の価値観をビジョンステートメントに盛り込むことも大切です。価値観を反映することで、なぜその製品やサービスを提供するのかが明確になり、素材や製造方法、流通方法などさまざまな点で判断基準にもなります。
例えば「環境を優先する」と掲げるなら、素材の選び方や製造方法にも反映されるでしょう。一方で、価値観が盛り込まれていないビジョンステートメントを作成してしまうと、製品の方向性がぶれて、顧客が選ぶ理由が弱くなってしまいます。
共感される未来を提示する
ビジョンステートメントには、従業員や顧客の共感を得られる未来を提示する必要があります。顧客に共感されると、商品やサービスを選ぶ理由になり、従業員にとっても仕事の意義が明確になります。価値観に共感した人材を採用できるメリットもあります。
ビジョンが共感できるものであるほど、企業の周りには応援してくれる人が増えていきます。
ビジョンステートメントをつくる5つのステップ

1. ビジネスの原点を整理する
ビジョンステートメントを作る第一歩は、「なぜこのビジネスを始めたいのか」「どんな未来を実現したいのか」という原点となる想いを明確にすることです。
これからビジネスを始める場合、目指す世界観や解決したい課題を言語化しておくと、誰にどんなものを届けるべきかという事業の核を定められます。
すでに事業を運営している場合でも、創業時の動機や理念を振り返ることで、企業の本質や存在意義、現在のポジショニングが明確になります。
2. 目標を特定する
ビジョンステートメントは、ビジネスプランのような戦略文書ではなく、目標を明確に示すものです。目標を特定する上で、以下のポイントを押さえておきましょう。
- 長期的(少なくとも5〜10年先)
- ビジネスの価値観と短期的な目標に沿ったもの
- 成功に焦点を当てる
- 明確で簡潔、専門用語を使わない言葉で書かれる
- 感動を与えるもの
3. プロセスを考える
目標を特定したら、それを達成するために何をするかを考えます。
例えばテスラは、自動車業界を電気自動車へ移行させ社会を変革するという目標達成のために、ガソリン車を手放したくなるような電気自動車を生産するというプロセスを考え、実行しています。
4. さまざまな視点の人と意見交換する
関係者にフィードバックを得たり、従業員と一緒に企業の理想の未来像を話し合ったりします。ほかにも、顧客や取引先、SNSのフォロワーなどに聞いてみることで、社会のニーズに即したビジョンステートメントを作れるでしょう。
フィードバックを得たり意見交換したりする際は、以下のポイントを意識してビジョンステートメントとして使えるキーワードを抽出しましょう。
- 明確であるか
- 記憶に残るか
- 企業の目的や独自性が分かるか
- 共感を得られるか
5. ステートメントにまとめる
フィードバックをもとに、キーワードを絞りこんだり、組み合わせたりしてステートメントをまとめます。作成したビジョンステートメントは再度フィードバックをもらって調整を行い、ビジョンが効果的に伝わるものになるようブラッシュアップしましょう。
ビジョンステートメントは、5〜10年先を見越していることを忘れないでください。ビジョンは事業の成長に伴い変化し調整が必要になることもありますが、将来の姿を想像することが大切です。
曖昧な将来像は、目標の達成に向けた具体的なステップが踏みにくくなります。具体的であれば、状況が変わった場合でも容易に方向転換できます。
9社のビジョンステートメントの例

1. 日産自動車株式会社
ビジョンステートメント:共に切り拓く モビリティとその先へ
日産自動車は、環境問題や社会課題、変化するニーズに対応し、よりクリーンで安全、インクルーシブな社会の実現と、真に持続可能な企業となることを目指すという目標を掲げています。
そして、そのビジョンステートメントをベースに、電動化を加速、2030年度までに23車種のワクワクする新型電動車を投入、全固体電池を2028年度に市場投入といった具体的な行動計画も立てています。
2. ファーストリテイリング
ビジョンステートメント:服を変え、常識を変え、世界を変えていく
ユニクロなどを展開するファーストリテイリンググループは、「本当に良い服を通じて、人々の暮らしを豊かにすること」を使命としています。その実現に向けて、「お客様の立場に立つこと」や「革新と挑戦」という価値観を大切にしながら、上記のビジョンステートメントを掲げています。
一貫した考え方で作られたビジョンが、服や事業を通じて世界を変えていくという企業の姿勢を分かりやすく伝えています。
3. Amazon(アマゾン)
ビジョンステートメント:地球上で最もお客様を大切にする企業になること
Amazon(アマゾン)は、顧客第一を徹底しており、誰でも必要なものにアクセスできる世界を目指しています。ビジョンが同社の圧倒的な品揃えや配送ネットワークの拡大につながっており、世界のEC市場のリーダーに成長しています。
4. ソニー
ビジョンステートメント:クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす。
ソニーグループは、感動を軸としたPurpose(存在意義)と、「人に近づく」というビジョンステートメントを掲げた経営で、グループ全体の成長に挑戦しています。また、このビジョンステートメントを支えるバリューも掲げており、多様性やソニーブランドへの信頼、規律ある事業活動などを約束しています。
5. イオングループ
ビジョンステートメント:一人ひとりの笑顔が咲く未来のくらしを創造する
スーパーマーケットなどを展開するイオングループは、絵本形式のビジョンステートメントを作成し公開しています。ビジョンステートメントのスローガンには、消費者を変わらぬ原点とし、一人ひとりの心を捉え、未来を創造するという思いが込められています。
6. Coca-Cola(コカ・コーラ)
ビジョンステートメント:私たちは、世界中で愛されるブランドや、丹精込めて作り上げている様々な飲料を通じ、心身ともに人々をうるおし、さわやかさを提供してまいります。より明るい未来を築くべく、持続可能なビジネスの実現を通じ、あらゆる人々の生活、地域社会、そして地球にとって前向きな変化をもたらすことを目指します。
Coca-Cola(コカ・コーラ)は、「世界中をうるおし、さわやかさを提供すること。前向きな変化をもたらすこと。」という使命をベースに、上記のビジョンステートメントを掲げています。実際に、世界を代表する企業のひとつとして、200カ国以上で事業を展開し、ファンタやスプライトなど、世界的に親しまれるブランドを展開しています。
7. IKEA(イケア)
ビジョンステートメント:より快適な毎日を、より多くの方々に
IKEA(イケア)のビジョンは、人々の生活の向上に焦点を当てています。ビジョンと合致する理念やバリューも掲げ、優れたデザインと機能性を兼ね備えた、サステナブルなホームファニッシングソリューションを、あらゆる人々に提供することを目指しています。
8. Patagonia(パタゴニア)
ビジョンステートメント:故郷である地球を救うためにビジネスを営む。
パタゴニアのビジョンは、地球環境を守り続けるための長期的なコミットメントを示しています。
具体的な取り組みの一つとして、自己課税による「1% for the Planet」が挙げられます。売り上げの1%を環境保護団体に寄付し、活動を支援するものです。ビジョンステートメントで掲げた「地球を救う」という目的を行動として示しています。
9. Microsoft(マイクロソフト)
ビジョンステートメント:世界中の人々と企業がその潜在能力を最大限に発揮できるように支援すること。
Windowsを提供する世界的なテクノロジー企業のMicrosoft(マイクロソフト)は、上記のビジョンステートメントを掲げて多様性・インクルージョンの推進、環境への取り組み、企業としての社会的責任など、幅広い分野でも活動しています。従業員へのサポートも厚く、無料の健康管理プログラムなど、組織全体で人を支える姿勢を貫いています。
ビジョンステートメントを更新するタイミング

ビジョンステートメントは長期的な指針ですが、一度決めたものを固定する必要はありません。市場環境や事業フェーズが変わったときは、ビジョンも見直しましょう。
そのほか、更新が必要になる状況としては、次のようなものが挙げられます。
- リーダーシップや所有者が変わった
- 従業員のエンゲージメントやモチベーションが低下している
- 優秀な人材の採用に苦労している
- 現在のビジョンが競合他社との差別化を図れなくなった
- 影響力や評判が現在のビジョンと一致しなくなった
ビジョンステートメントは、定期的に見直すと効果的です。年に一度はチームで確認し、ビジネスの方向性やプロダクト、組織の状況とズレがないかを話し合いましょう。
まとめ
ビジョンステートメントは、企業が向かう未来と価値観を示し、意思決定やブランドの軸になります。
本記事で紹介した作成のポイントや例を参考にして、具体的で一貫性のある言葉に落とし込んでみましょう。まずは「自社がどんな未来をつくりたいのか」を一文で書き出すところから始めてみてください。
ビジョンステートメントについてよくある質問
ミッションステートメントとビジョンステートメントの違いは?
ミッションステートメントとビジョンステートメントの違いは、端的にいうと時間軸にあります。ミッションステートメントが現在の行動に焦点を当て、現在の役割、提供価値、誰にどう貢献するかといった日々の行動指針を明確にするのに対し、ビジョンステートメントは未来の理想像や実現したいことを表現します。
ビジョンステートメントの意味は?
ビジョンステートメントは、企業が「将来どんな姿を実現したいか」を示すものです。5〜10年先の理想像や、企業がつくりたい未来を示します。
ミッションとビジョンはどのように役立つ?
ミッションは日々の意思決定を整理し、ビジョンは組織の長期的な方向性を明確にします。両方が揃うことで、企業の成長戦略が一貫したものになります。
ミッションとビジョンどちらを先に決めるべき?
一般的には、ビジョン→ミッションの順番に決めます。まず未来の理想像を定め、その実現のために何をするか(ミッション)を決めましょう。
ビジョンステートメントは更新すべき?
はい。ビジョンステートメントは、市場の変化や新しい戦略、企業の成長に合わせて定期的に見直すことが推奨されます。
文:Haruhiko Kagawa





